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母と大谷選手

母は大谷選手が大好きです。

妹と3人で東京ドームに大谷選手の登板試合を見に行きました。
その年、大谷選手はロッテに強かったので絶対に勝てると思ったのにその日は負けてしまったのを覚えています。
思えば、母が大谷選手を生で見たのはその時が最後だったのかなと思います。

もちろんユニフォームも持っていて、大谷選手が登板する日は家でユニフォームを身に付けるほどでした。
余談ですが、遺影を探すために携帯の画像フォルダを見ましたが、テレビに映る大谷選手を撮った画像がたくさん出てきました。
数少ない自分の写真も、ファイターズ日本一Tシャツが届いた時に自撮りしたものなど、泣きながらも母らしさに笑ってしまうようなものばかりでした。

ファイターズ日本一のTシャツもすぐさまネットで購入し、オールスターにわたしが行くと必ず大谷選手の名前が入ったTシャツを頼むほどでした。
それを着て、普通に買い物にも行っていて出て来たTシャツは色褪せていて、こんなに着てくれるならスペアを何枚も買ってあげればよかったと思うほど。

テレビでメジャー球団が大谷選手に注目していると聞けば、「絶対にお父さんに連れてってもらわなきゃ♪」と、大谷選手のメジャー行きをわが息子のことのように楽しみにしていました。
もちろん今年のWBCも本当に楽しみにしていて、1月の終わり頃に大谷選手が出場を断念した時には本当に落ち込んでいました。
もし大谷選手がWBCに出ていれば、母はそれだけでまだ生きていたんじゃないかとか、
WBCで活躍する姿に希望をもらい、今も元気だったんじゃないかなと思うと、大谷選手や栗山監督を恨む気持ちも湧いてきます。

入院生活が長くなることを覚悟して注文した大谷選手のカレンダーは、到着が間に合わず。大谷選手には悪いけれども、棺桶に入れてあげました。

そのようなこともあり、わたしは有給消化期間に母の大谷選手のユニフォームを握りしめて札幌ドームに行きました。
ところが、旅行を決めた翌日、大谷選手は戦線離脱。
まさかの鎌ヶ谷で済んだパターンとなってしまったのです。
本当に本当に、大谷選手はどこまで母に意地悪なのだろう。
わたしは鎌ヶ谷にいる選手のユニフォームを身に付け、札幌ドームで観戦したのです。

連敗中のファイターズでしたが、その日は勝利。きっと母の思いが届いたのでしょう。
また、その日はたまたまファンクラブデーということで、会員の友人にチケットを頼んだらとてもいい席で1000円で見れました!
そしてその友人、母の大学の後輩にあたる子だったことや、亡くなって早くにお悔やみの連絡をくれた子だったので、本当に感謝しかありませんでした。

何をするにも、どんな偶然にも縁を感じざるを得ず、またどんな縁にも感謝したくなるような出来事の一つです。

有給消化期間に家を離れること、少し悩んだけれども妹や父や母の兄も、ユニフォーム持って連れて行ってあげてと快く見送ってくれました。
亡くなってちょうど2ヶ月で不謹慎だという人もいるかもしれませんが、家事や日常から離れて、母と縁のある(札幌自体には縁は薄いけど)ところに行き、ゆっくりと思い出して愛おしむ時間、行ってよかったと思いました。

グッズ売り場には、たくさんの大谷選手のグッズがあり、買ってあげたいものばかりで、涙が出てきそうになるほど。
仏壇においてあげられる小さめのうちわやキーホルダーを購入し、我が家の仏壇は誰の仏壇かわからない程に大谷選手で溢れています。
お近くにお越しの際には是非お立ち寄りいただき、手を合わせて、そして笑ってあげてください。